部屋に入った瞬間、何をしに来たか忘れるのはなぜ?米国の100人ずつの3つの実験では、扉を通ると、直前の部屋で最初に見た絵の記憶が落ちていたが、オーストラリアの4つの実験では、扉による物忘れがはっきり出たのは1つだけだった

何かを取りに隣の部屋へ行ったのに、入った瞬間に「あれ、何しに来たんだっけ」。そんな経験に、集中力や記憶力が落ちたのではと不安になる人もいます。研究では、扉を通るような「場面の区切り」で、直前の記憶が引き出しにくくなる現象が調べられてきました。ただし、いつも起きるわけではないこともわかってきています。
3行でわかる
- 脳は体験を「場面」ごとに区切って記憶すると考えられていて、扉はその区切りになりやすいとされています。
- 米国の100人ずつの3つの実験では、扉を通ると、直前の部屋で最初に見た絵の記憶が落ちていました。
- 一方、オーストラリアの4つの実験では、扉による物忘れがはっきり出たのは、仮想現実の中で数を逆に数えながら移動した1つだけでした。
01 結論から言うと部屋に入ると用事を忘れるのはなぜ?
扉を通ることが「ひとつの場面の終わり」として扱われ、前の場面の記憶が引き出しにくくなるためと考えられています。ただ、この現象は条件によって出たり出なかったりします。
私たちは、切れ目なく続く毎日を、脳の中で「場面」に区切って覚えていると考えられています。研究者はこれを、出来事の区切りの考え方として説明してきました。
場面が変わると、脳は新しい場面の情報に切り替えます。そのとき、前の場面で頭に置いていたことが引き出しにくくなる。これが、扉を通ると忘れやすいとされる理由です。年齢による物忘れとは別の、誰にでも起きうる仕組みとして調べられてきました。
02 研究とデータでわかっていること扉を通ると、本当に忘れやすくなる?
忘れやすくなった実験と、はっきりしなかった実験の両方があります。米国の実験では最初に見た物の記憶が落ち、オーストラリアの実験では、頭に負担がかかったときだけ誤りが増えていました。
Ongchoco と Xu / イェール大学など(2024)[1]
部屋を歩いて進む動画を見ながら、壁の額に出る絵を覚えてもらうと、途中で扉を通った場合は、直前の部屋で最初に見た絵の記憶が落ちていました。2枚目以降の絵では、扉による差は見られませんでした。
移動にかかる時間や距離は、扉がある場合とない場合でそろえていました。覚えようと意識していても、最初の1枚の記憶の落ち込みは3つの実験で続けて見られました。
対象: ネットで集めた米国の大人、1つの実験につき100人(1つめの実験は平均約28歳) / 限界: 画面の動画を見る実験で、自分の足で歩いたわけではありません。
McFadyen ら / クイーンズランド大学など(2021)[2]
仮想現実、動画、実際の廊下を歩く形で4つの実験を行いましたが、扉や仕切りを通ることによる物忘れは、全体としてははっきり見られませんでした。
例外は、仮想現実の中で、数を逆に数えながら移動した実験でした。このときだけ、扉を通ったあとに、見ていない色と形の組み合わせを「見た」と答える誤りが増えていました。研究者は、頭に負担がかかっているときは、扉のあとで記憶が混ざりやすくなると考えています。ただし、動画や実際の廊下で同じように数を数えた実験では、差は出ませんでした。
対象: オーストラリアの18〜45歳の126人(4つの実験の合計) / 限界: 1つの実験あたりの人数は26〜45人と少なめで、仮想現実の実験では酔いで途中でやめた人もいました。
Radvansky と Zacks / ノートルダム大学・ワシントン大学セントルイス(2017)[3]
これまでの研究をまとめたこのレビューでは、扉を通ったあとの物忘れは、想像の中で扉を通ったときや、ガラスの壁で仕切られた部屋の間でも起きたと紹介しています。
また、部屋を出たあと元の部屋に戻っても、記憶はよくならなかったとする研究も紹介しています。単に「場所が変わったから」ではなく、場面の区切りそのものが関わっている、という考え方です。
対象: 出来事の区切りと記憶に関する研究のレビュー / 限界: 紹介されている実験の多くは同じ研究グループによるもので、その後の追試では結果が分かれています。
03 まだわかっていないこと毎日の暮らしでも、同じことが起きている?
はっきりとはわかっていません。研究の多くは画面や仮想現実の中の実験で、追試では効果が出なかったものもあります。どんな条件で起きやすいかは、まだ調べている途中です。
- 実際の家や職場で、用事を思い出せなくなる回数が扉によって増えるかを数えた研究は見つかりませんでした。
- オーストラリアの研究者は、効果が実験のやり方の小さな違いで消えてしまう点を挙げ、どの条件が効果を生んでいたのかを確かめる必要があるとしています。
- スマホの画面やタブを切り替えることが、扉と同じような区切りになるかは、今回調べた研究では確かめられていません。
04 今日からできるセルフケア部屋に入って用事を忘れないためには?
忘れるのは場面を切り替える脳の働きと知り、移動中の考えごとを減らし、思い出せないときは戻るより手がかりを残しておく。どれもお金をかけずに試せます。
「場面が変わったから」と受け止める
部屋に入って用事を忘れたら、「扉で場面が切り替わった」と考えます。記憶力が落ちた証拠と決めつけず、自分を責めないことが先です。
目安 忘れたその場で5秒
取りに行く間は、別の考えごとをいったん止める
オーストラリアの実験で誤りが増えたのは、数を数えて頭に負担をかけながら扉を通った実験でした。移動中はスマホを見たり別の段取りを考えたりせず、取りに行く物だけを頭に置きます。
目安 部屋を移る数十秒
戻って思い出すより、手がかりを持って動く
元の部屋に戻っても記憶はよくならなかった、とする研究があります。取りに行く物の名前を声に出す、メモや空の容器など手がかりを手に持つなど、前もって工夫します。
目安 移動する前に1回
ステップ2と3は、研究の結果から考えた工夫で、効果を直接確かめた実験はまだありません。
スマホに記録を任せると覚えにくくなる条件はスマホに頼って物忘れが増えた気がするときの記事に、作業を中断されたあとに戻る工夫は中断から作業に戻る方法の記事にまとめました。物忘れが気になって自信をなくしているときは、物忘れへの不安と自信の研究も参考になります。
05よくある質問
部屋に入ると何をしに来たか忘れるのは、記憶力が落ちているから?
そうとは限りません。扉のような場面の区切りで直前の記憶が引き出しにくくなる現象は、若い人を対象にした実験でも調べられてきました。ただし追試では、はっきり出なかった実験もあり、いつも起きるとは言えません。
元の部屋に戻ると思い出せるって本当?
研究のまとめでは、部屋を出てから元の部屋に戻っても記憶はよくならなかった、とする研究が紹介されています。戻るよりも、移動する前に用事を声に出したり手がかりを持ったりするほうが、研究の結果に沿った工夫です。
扉がなければ、物忘れは起きない?
そうとも言えません。研究のまとめでは、想像の中で扉を通ったときや、透明なガラスの壁で仕切られた部屋の間でも物忘れが起きたと紹介されています。見た目の扉よりも、「場面が変わった」という区切りが関わっていると考えられています。
物忘れが急に増えた、生活に支障が出ているなどで心配なときは、医療機関に相談できます。
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出典
- Ongchoco, J. D. K., & Xu, Y. (2024). Visual event boundaries trigger forgetting despite active maintenance in visual working memory. Journal of Vision, 24(9), 9. https://doi.org/10.1167/jov.24.9.9
- McFadyen, J., Nolan, C., Pinocy, E., Buteri, D., & Baumann, O. (2021). Doorways do not always cause forgetting: a multimodal investigation. BMC Psychology, 9, 41. https://doi.org/10.1186/s40359-021-00536-3
- Radvansky, G. A., & Zacks, J. M. (2017). Event boundaries in memory and cognition. Current Opinion in Behavioral Sciences, 17, 133–140. https://doi.org/10.1016/j.cobeha.2017.08.006


