仕事の焦りで頭がいっぱいになる。自分を名前で呼んで「今、何を感じている?」と問いかけた米国の実験では、いやな記憶のつらさの評価が下がっていた

締め切りが迫る、AIの導入で自分の仕事がどうなるかわからない、上司に急に呼ばれた。焦りで頭がいっぱいになると、「どうしよう」がぐるぐる回って、目の前のことが手につかなくなります。そんなとき、心の中で自分を「私」ではなく名前で呼んで問いかける方法が研究されています。米国の実験では、名前で問いかけたほうが、いやな記憶を思い出したときのつらさの評価が低くなっていました。
3行でわかる
- 「私は今、何を感じている?」ではなく「(自分の名前)は今、何を感じている?」と心の中で問いかけると、他人のことを考えるときのように一歩引いて見やすくなると考えられている。
- 米国の50人の実験では、いやな記憶を名前で振り返ったほうが、つらさの評価が5段階で平均3.82から3.24に下がっていた。脳の活動からは、がんばって抑え込む働きは強まっていなかった。
- ただし実験室の研究が中心で、職場の焦りで確かめた研究はまだない。体の痛みには効かなかった実験や、軽い出来事では逆効果の面があった研究もある。
01 結論から言うと焦ったとき、自分を名前で呼ぶと落ち着く?
落ち着きやすくなる可能性はあります。名前で自分に問いかけると、いやな出来事を振り返ったときのつらさが下がった実験があります。ただ、職場の焦りそのもので確かめた研究はまだなく、強い動揺のときに試す小さな工夫の1つと考えるのが妥当です。
焦っているとき、人は「私はもうだめだ」「私が失敗したらどうしよう」と、自分の中に入り込んだ見方になりがちです。心理学では、少し離れた位置から自分を見ることを「自己距離化」と呼びます。
その方法の1つが、自分を名前で呼ぶ「三人称のセルフトーク」です。ふだん人は、名前を他人について考えるときに使います。そのため、自分を名前で呼ぶと、友人の悩みを聞くときのように、少し落ち着いて自分を見られると考えられています。声に出す必要はなく、心の中でつぶやくだけです。
02 研究とデータでわかっていること名前で問いかけると、つらさは本当に下がる?
実験では下がっていました。いやな記憶を名前で振り返った人は、「私」で振り返ったときよりつらさの評価が低く、脳では自分について考える部分の活動が小さくなっていました。一方、体の痛みには効果が見られなかった実験もあります。
Moserら / ミシガン州立大学・ミシガン大学ほか(2017年)[1]
自分のいやな体験を思い出し、その気持ちを振り返る実験です。「私」で振り返ったときのつらさの評価は5段階で平均3.82、自分の名前で振り返ったときは3.24で、名前のほうが低くなっていました。脳の画像では、自分について考えるときに働く部分(内側前頭前野)の活動が名前のときに小さくなり、気持ちを抑え込むときに働く部分の活動は強まっていませんでした。もう1つの実験でも、いやな写真を見たときの脳波の反応が、名前で問いかけたときに小さくなっていました。著者らは、名前で呼ぶことは「比較的努力のいらない」気持ちの整え方かもしれないとしています。
対象: 脳画像の実験は米国の52人(分析は50人、平均20歳)、脳波の実験は米国の大学生29人 / 限界: 実験室で記憶や写真を使った研究で、仕事中の焦りや長い期間の効果は調べていない。不安や恐怖に関わる扁桃体の活動には差が見られなかった。
Gunnarsson・Agerström / リンネ大学(2024年)[2]
冷たい水に手を入れて痛みを感じている間に、名前で自分に話しかけるグループ、「私」で話しかけるグループ、2つの比較グループに分けて比べました。名前で話しかけても、痛みに耐えられた時間、痛みの強さ、いやな気持ちには、ほかのグループとの意味のある差が見られませんでした。著者らは、痛みに対しては意味のある効果はないようだと結論しています(小さな効果の可能性は否定できないとも書いています)。
対象: スウェーデンの大学の学生と職員292人(各グループ73人) / 限界: 健康な人に実験で起こした痛みで、気持ちの動揺や仕事の不安を調べた研究ではない。
Lau・Tov / シンガポール経営大学(2023年)[3]
最近4週間以内のいやな出来事について、「私」の視点か三人称の視点で書いて振り返ってもらい、出来事の意味づけがどう変わるかを調べました。強い出来事では、三人称で振り返ると「出来事の筋が通る感じ」などが高まりやすかった一方、それほど強くない出来事では、逆に低くなっていました。よい面に目を向けて見直す方法(前向きなとらえ直し)は、多くの指標で意味づけを高めていました。
対象: シンガポールの大学生462人(平均21歳) / 限界: 測ったのはつらさそのものではなく「出来事の意味づけ」。1回の書く課題の直後の結果。
03 まだわかっていないこと仕事の焦りやAIの不安にも効く?
まだわかっていません。今回の研究は、実験室で記憶や写真、痛みを使ったもので、職場で焦っているときやAIへの不安で確かめた研究は見つかりませんでした。続けたときの効果もわかっていません。
- 研究の多くは米国などの若い大学生が対象で、働く大人や日本語で自分を名前で呼ぶ場合に同じ結果になるかは確かめられていない。
- 1回の実験直後の変化を測ったもので、毎日使ったときに焦りや不安が減っていくかはわからない。
- 体の痛みには効果が見られず、軽い出来事では意味づけが下がった研究もある。どんな場面で役に立ち、どんな場面で役に立たないかは、まだ整理の途中。
04 今日からできるセルフケア焦りで頭がいっぱいのとき、どうする?
強く動揺したときに、心の中で名前を使って問いかけ、少し引いて見る。軽いモヤモヤには、よい面を探すとらえ直しを使う。落ち着いたら次の一手を決める。どれもお金はかからず、数十秒から数分でできます。
名前で「今、何を感じている?」と問いかける
「私はどうしよう」ではなく「〇〇(自分の名前)は今、何を感じている?なぜだろう?」と心の中で問いかけます。友人の話を聞くつもりで、答えを急がずに考えます。声に出す必要はありません。
目安 15〜30秒
強い動揺のときに使い、軽いモヤモヤには使い分ける
頭が真っ白になるような強い焦りのときに試します。ちょっとした不満くらいなら、「この経験で得たことは何か」とよい面を1つ探すとらえ直しのほうが、意味づけを高めていた研究があります。
目安 とらえ直しは2〜3分
落ち着いたら、次の一手を1行書く
名前で問いかけて少し引いて見られたら、「〇〇が次にやることは?」と続けて、メモに1行だけ書きます。焦りの中身が仕事の段取りなら、手を動かせる形にすると頭から離れやすくなります。
目安 1分
仕事やAIの不安を言葉にする方法は「仕事やAIの不安でモヤモヤする。気持ちを言葉にすると楽になる?」、イライラしたときに第三者の目で見直す方法は「AIの答えがかみ合わなくてイライラする」も参考になります。
05よくある質問
自分を名前で呼ぶのは、声に出さないといけない?
いいえ。紹介した米国の実験では、参加者は心の中で「(自分の名前)は今、何を感じている?」と問いかけていました。職場でも、周りに気づかれずに試せます。
名前の代わりに「あなた」と呼んでもいい?
似た考え方の方法として、名前や「あなた」「彼・彼女」など三人称や二人称で自分に話しかけるやり方が研究で扱われています。ただ、今回紹介した実験で使われたのは自分の名前です。呼び方で効果が違うかは、この記事の出典では確かめられていません。
痛みや体の不調にも使える?
期待しすぎないほうがよさそうです。スウェーデンの292人の実験では、冷水で起こした痛みの最中に名前で話しかけても、痛みの強さや耐えられた時間に意味のある差は見られませんでした。
毎日続けると、焦りにくい人になれる?
まだわかっていません。研究は1回の実験の直後の変化を測ったもので、続けたときの効果は調べられていません。焦った場面で使える小さな工夫として試すのが現実的です。
つらい状態が2週間以上続くときや、日常生活に支障があるときは、医療機関や、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)などの相談窓口に相談できます。
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出典
- Moser JS, Dougherty A, Mattson WI, Katz B, Moran TP, Guevarra D, Shablack H, Ayduk O, Jonides J, Berman MG, Kross E (2017). Third-person self-talk facilitates emotion regulation without engaging cognitive control: Converging evidence from ERP and fMRI. Scientific Reports, 7, 4519. https://doi.org/10.1038/s41598-017-04047-3
- Gunnarsson H, Agerström J (2024). Pain From a Distance: Can Third-Person Self-Talk Mitigate Pain Sensitivity and Pain Related Distress During Experimentally Induced Pain? Psychological Reports, 129(3), 1949–1964. https://doi.org/10.1177/00332941241269520
- Lau CYH, Tov W (2023). Effects of positive reappraisal and self-distancing on the meaningfulness of everyday negative events. Frontiers in Psychology, 14, 1093412. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1093412


